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今日の私は機嫌が良い。
最上級に機嫌が良い。

だって今日はあの、あの、相川由貴が居ない!!!



□番外編 『ハデ美・ケバ子の強さと恐さ』




ドタバタと、後ろの方でなにやら騒がしい音が聞こえる。けれど今日ばかりはそれが気にならない。
私は今、ここ数ヶ月間で一番幸せな瞬間を迎えている・・・。

相川由貴が居ない。

それは昨日の出来事。
例の如く、相川由貴に連れまわされてなんだかんだデートまがいのことをしていた時、突然私たちの隣にロールスロイスって名前の黒光りしたヤツが止まり、中からそれはそれは光悦なオーラを放ったタキシード姿の男が現れ、それが理事長だと私が認識できたころには相川由貴は全力疾走で逃げていたんだけどそれよりも理事長の方が敏速で見事に相川のお坊ちゃまをゲットしていらして、おまけに私にウィンクしてこう言った。

『しばらく由貴は借りてくね☆』

この時の相川由貴の表情は青ざめていた・・・というか、紫だった。


そして、今の私は本来の私に戻っている。
黒ブチびん底眼鏡。きっちり極太三つ編み。

・・・天国。

やっぱり人間は向き不向きというものがあって、私にはこっちの方が向いているんだなぁと改めて思う。今度は大切にしよう。この眼鏡。次こそは割られないようにしなくちゃ。
そして今、私の手元には懐かしの英単語帳。さあ、悪魔の居ない内に今までの遅れを取り戻さなくっちゃ。

悪魔由貴は一週間理事長と海外に居るらしいから、それまでは楽園。
こうして久々に地味に戻ると、けっこう誰も私の存在に気づかないものらしく、私が相川由貴と付き合い始めたことが全校的に知れた頃から毎日毎日、五月蝿いぐらいにあいさつや、声を掛けられたりということが絶えなかったのに、それが今日はない。
まぁ、クラスメイト以外はこの格好の私に気づいていなかったんだろうと思う。

よっぽど地味なんだな、私。


「あらぁ?楓子ちゃんじゃない。どうしたのぉ?なんだか今日は暗い子みたいよぉ?」

チッ。せっかく相川由貴がいなくても、こいつらが居たら意味が無いか。

「ちょっとー。止めてくれる?教室が辛気臭くなるんだけど。」

あんたらが香水臭いよ。ハデ美&ケバ子。
2人は私をジロジロと嘗め回すように見ると、二人そろって盛大なため息をついた。

「だめよぉ?楓子ちゃん。そんな格好じゃぁ。」

「そんなんじゃ由貴くんがかわいそうでしょ?もうちょっとオシャレくらいしなさいよ。」

いつもいつも思うんだけど、どうしてこの2人は仲が悪いくせにこういうときだけ意見が合うんだろう。

「ほらぁ、髪も、三つ編みなんかじゃなくて私みたいに巻いてみる?」

「もっと明るく染めたら?私みたいに。」

金髪にくるくる?・・・ドコノ国カラ来タ人デスカ?

「化粧もしたらどぉーう?」

「じゃあ、しょうがないから私がしてあげるけど?」

「いや、遠慮します。」

ケバ子2号とか呼ばれたくないですから。

「あのねー。見とめたくないけどあんたは一応由貴くんの彼女なんだよ?分かってる?」

「そうよぉ。山根だったらまったくもってそのままでも構わないけどぉ、由貴くんの彼女ならそうはいかないわよぉ?」

あ、今、教室の隅のほうでちっちゃい男の子がビクッって反応した。

「いいの。別に好きで彼女やってるわけじゃないんだから。」

私がそう言い捨てると、途端に2人の表情が見る見る鬼か悪魔のように邪悪で凶悪なものへと変わって行った。

「ちょっと・・・?楓子ちゃん。その発言はいただけないわぁ。」

「あんた、自分が何言ったのか分かってる・・・?」

地雷を踏んだ。やっちまったよ。どうしよう。
鬼の形相でジリジリと近づいてくる二人。震える子羊の私。・・・ピンチ。

「た、大変です!!」

ガラッと慌ただしく教室の扉。クラスメイトAが大声でそう叫んだ。その場の全員がそっちを振り向いた。

「アイコさん!ユミちゃん!大変です。また例の奴らが!!」

途端に、ハデ美とケバ子の私へ向けられていた殺意が、別の方向へと去って行った。

「ったく。懲りないわね。人数は?」

ケバ子が両腕を組んでため息を付いた。

「え、えと。男集団は20人前後。女集団は30人くらいです。」

「じゃあ、アイコちゃんが男集団相手で、私が女集団を殺るから。」

怖っ・・・。ぶりっ子なしゃべり方なのに、怖っ!!

「またぁ?いっつも私が男集団相手じゃん。あんた、たまには代わりなさいよ!!」

「やぁ〜よぉ。だってアイコちゃんの方が私より強いじゃない。私、か弱いしぃ?」

「・・・この前来た女集団を号泣させて追い返したのはどこの誰だよ。」

「えぇ?ユミ、わかんなぁい。」

話しの内容がさっぱり分からない。
そうこうしている内に、2人はクラスメイト全員を連れて教室を出ていった。

窓の外を眺めると、なんだか男の軍団と、女の集団が校門の所に集まっている。
さっきのハデケバコンビの話はこの事だったのか?
しばらく見ていると、その集団の元に、ハデ美ケバ子が行くのが分かった。

「・・・何するんだろ?」

「戦闘だよ。」

誰も居なくなったはずの教室から、突如誰かの声が聞こえたので、私は慌てて辺りを見渡した。

・・・誰も居ないじゃないか。

「あ、あの。ここだよ、琴川さん。」

私は隣の下のほうに山根君を発見した。
やば。小さすぎて気づかなかった。

「せ、戦闘って?」

戦闘とかいう非日常的な言葉にも対して驚かない自分に乾杯。っていうか、こんなハチャメチャな環境の中に居たら、常識なんて無意味だよね。

「えっと、まずあそこに女の子の集団がいるでしょ?」

山根君が窓の外を一生懸命指差した。なぜ『一生懸命に』なのかというと、窓の位置がやや高いので、山根君の身長的には窓の外に腕を伸ばす好意自体が困難だから。
こんな時、目頭が熱くなります。がんばれ、がんばれ山根くん。もうちょっとで届くよ!!・・・みたいな感じです。

「うん。なんだかいっぱい女が集まってらっしゃるね。・・・しかも結構可愛い子ばっかり。」

山根くんの指差す向こうに集まる女の子。確かに可愛い、あるいは美人な子ばかりだけど、何故かその表情は険しい。さっきのケバ&ハデコンビと同じくらい険しい。眉間のシワが癖になっちゃいそう。

「あの子たちは・・・その・・・由貴くんの以前の彼女なんだよ・・・。」

「は?」

間髪入れずにそう答えてた。・・・30人くらいいますよね?全員元カノってやつですか。どれだけのペースで付き合ってたんだよ。

「で、でね。皆、由貴くんとよりを戻したがってるから、時々こうやって学校に押しかけて来るんだよ。」

怖いよね、と山根君が呟いた。・・・うん。怖いよね。これだけの人数とイチャこいてた相川由貴もある意味で怖いけど、そんな相川由貴とよりを戻したいとか言っている女の子たちも怖い。・・・っていうか強い?・・・むしろ凄い?凄まじい?

「で、あっちの男の子の集団はね。」

山根君は一生懸命指を指した。なぜ一生懸命かというと――以下略。

「今度は何かゴツイのやらデカイのやら、強そうな集団だね。」

ムキムキしているのとか、ニョキニョキしてるのとか、サングラスを煌かせている人とかスパーッとタバコ吹かしているのとか、特攻服とか言うらしい服をご愛用の人とか、リーゼントリーゼントしていらっしゃる人とか、ジャラジャラと凶器を携帯してる人とか・・・いっぱいだ。

「今時リーゼントはね・・・。」

へし折ってやりたくなるじゃん。

「今だからこそ、じゃないかなぁ?」

山根くんにしては素敵な回答だ。

「で?あの集団は?」

「えっと、た、確か、由貴くんが喧嘩でボッコボコにした人達だと思うよ。」

ああ。相川由貴って本当に喧嘩とかするんだ。いつもオレ様口調のお調子者だから、結構口だけの男かと勘違いしかけてた。っていうか強かったんだ。あのリーゼントとも戦ったのね。顔面パンチを食らわすときに、サングラスとリーゼントはやりにくいよね。きっと。

「最近は、あんまり喧嘩とかしてないみたいだから、あの人達も何とか由貴くんと喧嘩しようと必死なんだよね。」

山根君がのほほんとした空気を放ちながらそう言った。何故か一瞬、あの集団が山根君よりも可哀想に思えてきた。
相川由貴と喧嘩するのに必死になるより、他のことに必死になった方が時間を有効利用できると思う。例えば全日本リーゼント大会で優勝を目指すとか、世界マッチョ運動に貢献するとか、健康の為に禁煙してみるとか。もっとでっかく生なよ。図体だけでかいんじゃなくてさー。

「でも、今日は相川由貴はいないよ?って言うか、ハデ美とケバ子はあいつらに近づいてどうするつもり?」

山根くんは苦笑い全開だ。

「・・・間近で見てみる?」







「ちょっと!由貴くんはどこよ!?早く出しなさいよ!!」

「っていうか、あんた誰よ。」

ぎゃ―ぎゃ―と、女集団が騒いでいる。ハデ美が、クラスメイトの半数を連れてその前に立っている。

「やぁ〜ね。こんな所まで押しかけて来るなんてぇ。こっわぁ〜い。」

体をくねくね動かして、ぶりっ子絶好調だ。後ろにいるクラスメイト・・・っていうか『ユミちゃん親衛隊』が、ハデ美に同意した上で、本人曰く怖がっているらしいハデ美を勇気付けている。なんだかとっても・・・嘘臭い。台本でもあるんじゃないか?

「早く由貴君を出しなさいよ!]

「だからぁ。由貴くんは今日は学校に居ないのぉ。居てもあなたたちみたいなブスには会いたくないわよ、きっと。」

口調はいつものぶりっ子なのに、セリフはケバ子よりキツイ。侮りがたし、ハデ美。
女集団はすぐに顔を真っ赤にして怒りを露にしている。

「ちょっと、あんた何様のつもり?」

「え〜。だってぇ。」

ハデ美はその発言者の元に歩み寄って、ジィっとその顔を覗き込んだ。

「ほらぁ。化粧下手だしぃ?髪型とか、おかしくなぁいぃ?」

いや、あんたの髪の方が可笑しいって。縦ロールめ。

「そ・れ・に。あなたのお鼻、ぺちゃんこよぉ?やだぁ。かわいそ〜。どこかにぶつけちゃったの?あらぁ?そこのあなたもね。」

ハデ美は隣の女の子の顔も、同じように覗いた。

「あれぇ?鼻だけじゃなくて、目もちっちゃぁ〜い。うわぁ。こんなちっちゃい目、見た事無い〜。ユミ感激ぃ。やぁだぁ。そこの人は口がおっきい〜。口裂け女みたい。お化け屋敷で働けるんじゃない?っていうか、あなたたち、そんな顔してよく外を歩けるわねぇ。私だったら、自分がそんな可笑しな顔してたら恥ずかしくて外を歩けなぁい。」

段々、女集団は1人、また1人と泣き始め、その場を去って行った。
私に言わせれば、そんな縦ロールだったら恥ずかしくて外歩けなぁい・・・って感じなんだけど。


ザワッと、隣の方が騒がしくなった。
私は、視線をハデ美たちから、ケバ子たちへと移した。目をギラギラさせながら鉄パイプやバットを持て余す男集団の前に、ケバ子は立っている。その後ろにはクラスメイトの半数。
ケバ子がおもむろに、どこからともなく、タバコを取りだし、一本持って一言。

「火。」

クラスメイトBがライターでケバ子のタバコに火をつける。・・・校内で堂々と吸うなよ。
タバコを吸いながら、男集団にガン垂れるケバ子。そんなケバ子の前にズラッと並んでいる男集団。・・・どっちが恐いのかもうまったく判断つきません!

「おい。相川出せや。」

「居ないっつってんだろ。」

一言答えて、ケバ子はプカーっと煙を吐いた。

「ふざけんのもいい加減にしねーと、女だからって容赦しねぇぞ?」

スキンヘッドの兄ちゃんが、ケバ子の目の前に出た。ケバ子は鼻で「はっ。」と笑うと、持っていたタバコをスキンヘッド兄ちゃんの頭に押し付けた。

「アッヂッ!てめぇ!何すんだ!!」

「うぜぇよタコ。」

一瞬の沈黙の後、敵味方、両側から小さな笑いが起こる。もちろん私も笑う。兄ちゃんの頭が太陽に光って眩しい。

「て、てめぇ!!もうゆるさねぇ!!」

「うっわぁー。やだね、あんたみたいな単純野郎。女に手ぇ上げてる暇があったらその頭フサフサにするか何かしたら?」

またもや笑いが起こる。スキンヘッド兄ちゃんは真っ赤だ。茹でタコだ。

「それから、そこの笑ってるマッチョ。」

ちょっと後ろの方にいたマッチョが前へ出てきた。

「なんだぁ?」

「マッチョだったらマッチョらしく、鉄パイプなんかじゃなくて、鉄アレイ持って来い。んでもって、体に油でも塗って光らせてきたら?むしろ、暑苦しいから来るな。あ。冬はいいや。でも、夏は絶対来るな。」

マッチョの体が油ではなく、マッチョの涙で濡れて光った。マッチョ・・・案外、繊細。
マッチョが泣き出すと、全員がぞろぞろと帰り出した。
・・・馬鹿馬鹿しくなったらしい。

・・・ケバ子、恐るべし。


「2人はね、由貴くんが居ない間はああやって、由貴くんに害を成すものをこっそり退治するんだよ。」

忘れた頃に、山根君が説明をしてくれた。・・・『こっそり』っていうのは嘘だろ。


「おー、2人ともご苦労さん。」

聞き覚えのある声に、私は瞬時に振りかえった。・・・なんでだ。

「やぁ〜ん!由貴くん!ユミがんばったのよぉ?」

「私も、マッチョ追い払ったし。」

いや、だから、なんで?
相川由貴が、べったりと私に引っ付いてきた。

「ん?眼鏡と三つ編みは禁止したはずじゃぁなかったっけ?」

ニッコリと、恐怖の笑みが向けられた。ゾクッと悪寒が走る。

「い、一週間は海外のはずじゃぁ・・・。」

弱々しくそう言ってみたら、相川由貴のその後ろの方で、ハデ美とケバ子がニィっと笑った。
・・・こいつら何かしたな・・・。理事長に賄賂を贈ったとか?私の一週間の楽園はどうしてくれるのよ・・・。

「さて、俺との約束を破った罰を受けてもらおう。」

め、眼鏡と三つ編みを止めるなんて約束をした覚えはないんだけど・・・?
相川由貴はこれから何をしようというのか、ウキウキだ。
ハデ美とケバ子の笑みが、さらに深まる。そして、私に向かって口パクで何かをしゃべった。



「「私たち、由貴くんのためならなんでもしちゃうから。」」


満足そうなハデ美とケバ子・・・ついでに相川由貴。

私は・・・不満だ。






FIN





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