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□地味子さんと恋心





「遅い。」

もう何て言うかとっても不機嫌そうに、鋭くて冷気とか漂ってそうな目であいつが私を見下ろしてやがります。
蛇に睨まれた蛙の心境を知る日が来ようとは思いもよりませんでした。
ええ、もう本当に。

なんと言うか、今日は初デートと言うやつらしく・・・んでもってオレ様野郎の相川由貴が私の家まで迎えに来ていた。私はこいつが家に迎えに来る前までに準備を終えられなくて30分も待たせてしまった。

・・・って、ちょっと待て。もともと私は今日は家で1人でゴロゴロして一日を過ごすはずだったのよ。それなのにいきなり電話してきて「もうすぐお前の家に着くから準備しとけ。」とか言われたってそんなの無理に決まってるじゃん。
第一、電話から10分も経ってないのよ?私まだパジャマだったのよ。イチゴ柄のお気に入りのパジャマを0,5秒で脱いでクローゼットの中をあさって一番気に入っている服を出してっていろいろしてたら10分なんかじゃ足りないに決まってんじゃん。


・・・って何を私はオレ様男相手にオシャレしようとしてんだろ。


ああ、あぁ。

いけない。あいつにペースを乱されている・・・。


まあともかく、それであいつは家の前で30分待ちぼうけで、なんとか準備が出来た私は何故かしなくてもいい反省の色を浮かべてあいつの前に現れたわけで・・・。

はぁ。

ふと、オレ様男の後ろに車が止まっているのに気づいた。・・・黒ベンツ!!まさか、と思って私はオレ様野郎の顔を見る。

「おら、早く行くぞ。乗れ。」

や、やっぱり。いったいいつの時代のどこにベンツに乗ってデートする高校生がいるのよ。高級っぽいけど、どっちかと言うと馬鹿っぽいよね。なんだか無性に腹が立ってきた。いいわよね〜。金持ちの坊ちゃんは。私の家はどーせ一般ピープルですよ。へーへー。

運転手らしき人が後部座席のドアを開けてくれた。お父さん世代の老け気味なおじさんだ。ちょっとやつれて見えてしまうのは気のせいだろうか。オレ様野郎にこき使われているのでは、とか考えちゃうのは要らぬ心配なんだろうか。そんなことを思いながら人生初のベンツに乗り込もうとすると、おじさんの胸についたネームプレートに目がいった。



・・・『山根』?



もしかして、もしかするとあの山根くんの身内の人かしら?私は隣に座る男の顔をチラッと覗いてすぐ正面に視線を戻した。何だか聞きづらい。
そう言えば、山根くんってこの前こいつにパシリに任命されてたけど無事任務は遂行できたのかしら?自分のことでいっぱいいっぱいで今まですっかり忘れてたけどね。もしかしたら今ごろ両手両足をコンクリートで固められて海の底かしら・・・?さすがに海の底にまではお見舞いには行ってあげられないなあ。ああ、でもこのおじさんがもし山根くんのお父さんとかいうオチだったら私きっと今までにないくらいに同情しちゃう。不憫すぎでしょ。願わくはまったくサッパリ赤の他人でありますように。

ふと、オレ様男がむすっと不機嫌そうにしているのに気がついた。

「ど、どうかしたの?」

すっごく恐いんですけど。目が据わってるんですけど。負のオーラとか見えたりしちゃってるんですけど。

「俺、言ったよな?」

どすの利いた声。どこかの組の方ですか?

「な、何をでしょう??」

「眼鏡。三つ編み禁止。」

「あ・・・。」

ええ、ええ。忘れていましたとも。だって朝起きたら真っ先に三つ編みにするというすばらしい習慣が出来てしまってるんだからしょうがない。眼鏡もあなたに割られた麗しの黒ぶち眼鏡ちゃんだけでなく、スペアの茶ふち眼鏡ちゃんも持っていたので今回はそれを愛用中。コンタクトは持ってないし、それ以外にどうしろと?

「えと、その・・・。」

私はオレ様野郎にも納得してもらえるような言い訳を必死で考えた。頭の中身が高速回転してる。なんか、洗濯機並みに回ってます。いつもより多く回っております。サービスです。

「コンタクト・・・ないのか?」

私は勢いをつけてコクコク頷いた。

「分かった。山根!」

呼ばれた瞬間、山根さんの肩がビクッと跳ねたのを私は見逃さなかった。よほどこの男を恐れているんだろうか。

「は、はい!ここに!」

山根さんはいったん車を止めて、わざわざ外に出て、オレ様野郎側のドアを開けて、小さな箱を手渡してきた。

「ほら、これ。」

ポイっとそれを渡されて私は何だろうと首を傾げた。それは紛れもなくコンタクトレンズというやつだった。

「ど、どはどは、ど?度は?」

私はちょっぴり宇宙語を発した。

「・・・ああ、度はこの前俺が踏んだ眼鏡で調べた。」

どうやらオレ様野郎も宇宙語を解すらしい。

「今から行くとこに着いたらはめろ。」

「あ、相川くん?今日っていったい何処に行くの?」

オレ様男の眉がピクッと動いた。あまりいい表情じゃない。

「・・・由貴。」

「へ?」

「お前は俺の女なんだから『相川くん』はやめろ。『由貴』だ。」

ムスッと前を向いたままでそう言った。何だか駄々こねてる子供のよう。

「分かったか?」

「え?あ、うん。」

って、つい返事しちゃったけど学校でそんな呼び方したらハデ美ケバ子に殺されちゃう気がするんですけど?二人のバリバリ厚化粧でフェロモン放出スマイルが鬼の形相に変わっていくさまが目に浮かびます。

「由貴くん、今日は何処行くの?」

何故、何、どうしてまだそんな不機嫌な顔をしていらっしゃいますのですか?

「『くん』はいらない。」

オレ様野郎に冷たくそう言い放たれた。

「・・・嫌。」

反射的にそう言ってしまった。しまった。やっちゃった。反抗したらもれなく退学処分という特典が付いてくるっていうのに。

「なんで。」

「・・・嫌。」

「だからなんで。」

「・・・ハデ美とケバ子が・・・。」

ちょっとあんたなんで由貴くんのこと呼び捨てとかにしちゃってるわけ〜!?ふざけんじゃないわよいったい何様のつもり〜!?私たちだって遠慮して「君」付けでしか呼んだことないのにこの地味娘、田舎娘、芋ッ子娘〜〜〜!!
とかあの2人に言われそうだし。

「・・・ああ。ユミとアイコか。大丈夫だ。あいつらは俺には逆らわないから。言っとく。」

「・・・。」

それでもなぁ。あの2人なら影で色んなサービスをしてくれそう。そうだな。手始めは靴の中に画鋲。あ〜あ。これで私一生舞台には立てないのね。残念だわ。





「着きました。」

山根さんがそう言ってドアを開けてくれた。

・・・何て言うか・・・美容院ですよねココ。

「「「いらっしゃいませ相川様。」」」

従業員総出でお出迎え。居たよ。ここにもオレ様男の忠実な下僕が。なんだかとっても高級そうな所で、床、壁、鏡、従業員の歯、全てが輝いています。

「ん。こいついじってやって。」

はい?なんですって?言っとくけど私こんな高級そうな所に払えるだけのお金は持ち合わせてないんですけど。私にはもっぱら夏目漱石さんがお友達。ちょっとハイグレードなお友達でも新渡戸さんが精一杯です。

「じゃよろしく。」

抵抗する間もなく、オレ様男の一言で私は無理やり店員に座らされ、目にも止まらぬ速さで作業が進められていく。美容師さん、ショッキングピンクのシャツにブラックなストレートパンツ。とっても素晴らしいセンスだと思う。これでアフロだったりしたら完璧なのに。
私のくっきりした三つ編みの痕を見てその美容師さんが「うわぁ〜これは見事だね。年季ものだね。学会で発表できるよ〜。」と言ったのでちょっと自慢気だった。それなのにそんだけこの三つ編み具合を誉めておいて全く容赦なくストレートに強制していくこの美容師に、私は世間の無常というものを学んだ。

「ハイ。完成。」

「誰!?」

鏡の中には見知らぬ女。あなたのお名前なんですか〜。いつの間にやら化粧もばっちりだし。何やら髪の毛は真っ直ぐサラサラストレート。コンタクトもいつの間にかはまってるし。

「ああ、いいんじゃない?」

オレ様男、素っ気無い。なんだよ。もっと反応しやがれコノヤロー。

「・・・って、そうだ!私あんまりお金持ってない!!」

そうだ、そうだよ。私夏目さんとさよならなんてできない!!ってか夏目さんじゃ足りないでしょ。

「ああ、俺が払うからいい。」

そういってオレ様野郎は財布をパカッと開けた。ペカーッと中から光が!!まぶしい!!恐る恐る中を覗いて見る。
こんにちは、諭吉さん。まあ、諭吉さんは大勢いらっしゃるのね。諭吉さんが詰まりすぎて財布がパンパンなのは私にはとても信じられない光景だわ。ところが使われたのは諭吉じゃなかった。ゴールドカードさまさまだった。・・・上には上がいるってことね。




次に訪れたのはこれまた高級そうなお店。綺麗な服が整然と並べられている。先ほどと同じように店員が総出で迎えてきた。
世の中は腐ってるね。いくらこいつが金持ちのおぼっちゃまだからって、こんなまだ20年も生きていない我が侭な最低男にこんな大勢の、それも人生経験で言えばこいつより上の人たちが頭を下げるなんて。
これが戦国時代だったらこの人たちも百姓一揆とか起こすかしら?いっそ私が先導してこの我が物顔の男を打ち首にでもしてやるわ。・・・戦国時代だったらね。

「こいつの服、選んでやって。俺はちょっと用があるから。」

そう言って、オレ様男は店を後にした。

待て。今日はデートというやつじゃなかったの?普通はデートの最中に彼女を置いてどっかいくなんてしないわよ!嘘ついたの?嘘ツキは泥棒の始まりなのよ。泥棒は犯罪なのよ。懲役○○年の罪なのよ?・・・正直あんまり良く知らないけど。

そんなこんな考えてる間に、綺麗なおねえさんが私に色んな服を着せていた。りかちゃん人形っていっつもこんな気持ちだったんだ・・・。ああ、そう言えばリカちゃんだけでなくティモシーとかもいた気がする。バービー人形も仲間か・・・。リカちゃんの恋人の名前ってなんだっけ?マイケル?ジョージ?ああ、どちらにしてもありきたりな名前だったよ―な気がする。


「これなんかいかがですか?」

美人な店員のお姉さんは私に次々に服を見せていく。私は服よりもそのお姉さんのナイスバディっぷりの方に興味が沸くんだけど。どうやったらそんな風になれるのかしら。高級そうな店だけど、私にも着れそうなものがあってホッとした。いかにもセレブな服は私が着てもおままごとにしか見えないだろうからね。値段を見た。

「あ、あの。倒れても良いですか?」

「は?」

私の言葉にお姉さんが首を傾げた。いやね、だってね、値札にゼロが盛りだくさん。

「あらぁ〜?楓子ちゃんじゃなぁ〜い?」

この甘ったるい声、聞き覚えがあった。

「ホントだ。楓子じゃん。」

この気だるい声も聞き覚えがあった。振り向きたくないなー。ものすごく嫌だなー。でも振り向かなくても無理にでも振り向かされるのかな―。

「まあ、偶然ねぇ。」

「ほんと偶然。」

ハデ美とケバ子が素敵なスマイルを私に向けて歩み寄ってくる。一歩近づくたびに、一歩後ずさる私。

「まさかお買い物に来て楓子ちゃんに会えるなんて〜。」

いやいや、この店にあんたの着るようなブリブリヒラヒラキラキラの服は売ってないから。

「私も買い物に来たんだけど、まさか楓子に会えるなんてねー。」

おいおい、この店にはあんたが履くような激ミニスカートも売ってません。そんな露出度満載の服はありません。
2人ともウソツキだね。さっきも言ったけどウソツキは―――以下省略。

「ユミちゃぁ〜ん!」

「アイコちゃん!」

ユミとアイコの後ろの方からこれまたいかにもパシリちっくな二十代くらいの情けなさそうな男がやってきた。両手にはこれでもかと言うくらいに荷物を抱えている。
きっとハデ美ケバ子の買ったものを持たされているんだろうな。私の推理が正しければそれらは全部、ハデ美ケバ子がこの男たちに買わせたものだろう。間違いない。
ああ、なんだかまたまた同情心が浮かんできちゃったじゃないの。私最近人に同情してばっかりだわ〜。だってあんまりにも可愛そうなんだもん。この男の人たちも山根さんと山根君と私。

そりゃあ、世の中弱肉強食で強いものが弱いものを制覇するってのは分かるけど。騙し騙され想い想われ振り振られあれまあれまでやっぱり騙された方が悪いのよ、おほほってのも理解できるけどそれでも同情とかはしちゃうもんで、でも同情したって『同情するなら金をくれ!!』なんて言われても何度も言っているように私の友達は夏目さんで、『金がないなら自由をくれ!!』なんて言われても自由が欲しいのは私の方じゃボケー!!っとか言ってしまいたくなる訳で、同情しても口には出さない。

「そういえば、楓子ちゃんは今日は1人〜?」

「あれ?ユキくんと一緒じゃないんだ。」

セリフ、棒読みですよあんたら。

「ああ、そっかー。もう別れたんだよねきっと。もう付き合い始めて一週間経つもんね。」

「楓子ちゃんが相手じゃそろそろ限界よねぇ〜。」

嫌味たっぷり。てんこ盛り。私そんなに多くは受け取りきれないわよ。返品。クーリングオフ。悪徳商法なんて敵じゃない。

「まあ、楓子ちゃん相手だもんね〜。遊びにもならないかも〜。」

・・・なんだとこのやろう。

「ユキ君には私の方が相応しいってことよね。」

「もう!アイコちゃんたら冗談ばっかりぃ〜。ユキ君にふさわしいのは私だもん。」

「は?私いつでも本気なんだけど?あんたこそ、寝言は寝て言え!」

お前もな。

「ねぇ、楓子ちゃんはどっちがユキくんに相応しいと思う!?」

ウルウルした目で見つめられても、女の私はなんとも思わないんだけど。しかも一応私、あいつの彼女なんだけど。彼女にそんなこと聞くか普通?

「えっとねー。」

どうしようかな。でもここはハッキリ言ったほうがいいよね?

「あのね。ハッキリ言うよ?」

「「うん。」」

「おたくらの荷物持ちさん、今の会話聞いて泣いて走って行っちゃったよ?」

「「え!?」」

2人とも素早く自分の背後に居たはずの人物を確認した。もちろん居るはずはない。

「いやぁ〜。もう!あいつは何考えてるのよ〜。荷物は置いていきなさいよね〜。取りに行くのは誰だと思ってるのよ!!」

いや、あなたの彼氏のうちの誰かでしょ?荷物持ち君自身はどうでもいいんだね・・・。

「も〜。自分が遊ばれたって分かったくらいで何で逃げるかな。根性無さすぎ。」

あんたらに付き合える根性の持ち主はなかなか居ないね。いたら私はその人に一生着いて行くかもしれない。

でもホント、なんでこいつらをここに置いたままにしとくかなぁ。男の意地でこいつらをグイグイ引っ張っていくとかなんとかしてくれないと困るんだけど。この2人の相手してたら生気を全部吸い取られるか、石にされるか二つに一つしか道はないのに。
誰か、助けて。

「これなんかいかがですかぁ?」

思わぬところから助け舟。さっきのナイスバディのお姉さん。ナイスバディ&ナイスタイミング。私はさっさとその服を持って試着室に入っていった。もちろんハデ美やケバ子の相手をしなくてすむからラクチンラクチン。ああ、1人の世界っていいわぁ。このままここに立て篭もってやろうか、この馬鹿高い服を人質(物質?)に。ああ、まったりするぅ。でもねーこういう時に限って―――

「なんでお前らが居るんだ?」


ほら来た。

「ユキく〜ん!!」

来た来た北来た!!ユミのブリブリ攻撃。9割の男は確実に引っかかる。

「ユキくん、偶然ねぇ。」

だから偶然じゃないだろって。大根役者もいいかげんにしとけよ〜。

「ああ。楓子は?」

「試着室。ねぇ、楓子なんて放っておいて一緒に遊びに行きましょ〜?」

「楓子やユミなんて相手にしないで私と一緒に行こーよ。」

そうして。むしろそうして。・・・あ、この服代だけは置いていってね☆

「悪いけど、今日は楓子と来てんの。お前らの相手はごめんだね。邪魔すんな。」

・・・。

「「そんなぁ〜。」」

・・・。なんだか、一応私、彼女扱いしてもらってるんだろうか・・・?って何を私は喜んでるんだろ!?いけない!あれは悪魔の催眠術みたいなものだわ!!騙されちゃダメよ。うん。

私はさっさと今持っている服を着て、試着室の外へ出ようとした。


「ゆっきぃ〜!!」

なんともキャピキャピでトーンの高い声が聞こえた。試着室のカーテンを開けた私は絶句した。




見知らぬ美少女が、




相川由貴に







抱き付いていやがるコンチクショー。







さすがにハデ美ケバ子も唖然。

なんだなんだ?この状況はなんだ?修羅場ってやつ?いや、でもそもそも私はこのオレ様ボーイに無理やり付き合わされているのであって、実際には彼女であって彼女じゃない・・・ってかこの状況からして遊ばれていたと判断するのは至極当然。
むしろ私が遊んでやったんだよハッハッハとか言いたくなるけどそこまで自分が偉そうにしてるのは世間様が許さないだろうなとか思いつつ、いや、ちょっとまて。重大なことに気づいたぞ。この美少女は今、「ゆっきー」って呼んだよね?ゆっきー?
ゆっき〜〜〜!!




オレ様野郎が可愛く見えてしまう魔法の呪文「「ゆっきー」」!!!






って、そんな呼び方が出来るってことは相当な仲?もしやこの美少女が本命ってやつね。そうなのね。つまり私はアイツにとってはやっぱりお遊びで、眼鏡と三つ編みの物珍しさに面白そうじゃんって感じで弄んでいたのね。手のひらの上でコロコロと。

「ふぅ。」

私はため息混じりに試着室を出た。

「オイ、楓子!」

美少女にしがみ付かれながらオレ様男がこっちに手を振った。もちろん、完全無視。

「楓子?」

「良くお似合いですねー。」

私が着ている服を店員さんは誉めまくる。

「ああ、良く似合ってるな。」

オレ様野郎がそう言った。例えオレ様野郎からの誉め言葉でも、普通だったら多少は嬉しいだろうな。普通だったら・・・そう、美少女がしがみ付いていなければね。

「・・・・つき。」

フツフツと私の心の奥底のそのまた底の果てから何かが煮えたぎってくるのがわかった。

「え?」

オレ様男が首を傾げた。



「この嘘吐き好色一代男ぉぉぉおおおお〜〜〜!!!!!!!」



私は一着十万の服を着たまま、この大馬鹿者の頭に踵落とし、別名『楓子ちゃんのお星様キラキラ飛ばしてやるわよショット☆』をお見舞いしてやった。スカート着用で。

オレ様男はその場でふらついた。美少女がたくましくもそれを支えた。そう、1マイクログラムでもこの男を信じてしまった私が馬鹿だった。


「あ゛〜。もう。やってらんない。」

そう吐き捨てて、サクッと踵を返し、出口に直行。回転ドアじゃなくてよかった。アレ苦手なのよね。いっつも出られずに何回転かしちゃうんだもん。ああ、私、お店の服を着っぱなしだ。まあいいか。どうせオレ様男が払ってくれてるだろうしね。


スタコラサッサと街中を人ごみを縫うようにして逃げた。逃げて逃げて走りまくったのに・・・


ベンツで追いかけてくるなよ!!



卑怯!外道!オレ様!!


私は自分の足使ってるんだからあんたもそうしなさいよまったく。














3分後。




捕縛されました。




カップラーメン並みの速さ。

「何がなんだかよく分からないが、俺から逃げようなんて百年早い。」

不適な笑みがこっちを見てる。いっつも思うんだけど、その百年早いっていうセリフってどう考えてもおかしいよね。百年後なんてシワクチャのヨボヨボ。下手すりゃ死んでるって。

「・・・。」

「・・・お前、なに怒ってんの?」

分かれよオイ。

「なあ、何も言われなきゃ分かんないだろ?」

「・・・さっきの美少女・・・。」

「・・・ああ。・・・ああ?」

目の前の自己中心的世界は自分中心に回っている主義的男は首を傾げた。そのままへし折ってやろうかと思った。ちょっとだけ。

「ああ!」

ポンッと手を叩いた。そしてビシッと私を指差してこう言った。

「お前、ヤキモチ焼いてたのか!!」








私の右ストレート炸裂。




ズザザザッっという音と共に、相川由貴(16)の体は地面に叩きつけられた。


「あんったね〜。ヤキモチなん@:#$%&’)‘*!!!!それに人を指差しちゃいけないって保育園で教わらなかったの!!!???」

オレ様男がムクッと立ち上がった。

「いや、俺は幼稚園だったから。」

あ、しまった。

「ふ〜ん。そうかヤキモチか。」

オレ様男はニヤニヤとそれはそれは邪悪な笑みを浮かべていた。私の中の危険信号が赤く点滅しているように思うのは気のせいだろうか・・・。






「なんだかんだ言って、楓子はちゃんと俺のこと好きなんだな。」







打ち殺してやりたい。



沈めてしまいたい。



鎮めてしまいたい。






「違うに決まってるでしょ!!」

私は息も荒く必死に否定。ここまで焦ったのは人生最初で最後かもしれない。

「ふ〜ん。まあいいや。ああ、もう時間だから行くぞ。」

「は?」





強制連行。










着いた先は

どこぞのホテルのレストラン。(三ツ星)


「ここの料理は結構いけるぞ。」

きっと私が普通に平和でまともで滞りのない人生を送っていたら一生足を踏み入れなかったんだろうな、こんな所。それにこんなオシャレもしなかっただろうし・・・諦め気味な自分が情けないわ。

「ま、お前が俺と付き合わなかったら一生足を踏み入れられなかっただろうな。感謝しろよ。」

・・・このテーブル、ちゃぶ台のごとくひっくり返してやろうか。そしたらこの見慣れない高級料理と赤色のワインがあんたの顔と服にシミをつけてくれるわね。クリーニング屋さんは大もうけだわ。ふふっ。

「さっきの美少女だけどな。うちの学校の生徒だぞ?見たことないのか?」

「は?」

いや、あんな可愛い女の子知らない。もし居たらハデ美とケバ子の立場は危ういと思う。

「ああ、言ってなかったが、あいつ男だぞ?」

「は?」

やばい、そろそろ耳がイカレてきた。そりゃそうだよね。あんなうるさい教室で毎日を過ごしていればこうもなるさ。

「疑ってんのか?あいつは隣のクラスの相川和一。俺の従兄弟。」

そう言って一枚の写真をペランと私に見せてきた。そこにはこいつと一緒に写っているさきほどの美少女の姿。さっきと違うのは、その美少女の長い髪がとても短くなっていて、尚且つなぜか上半身裸のその人の胸は真っ平らだということ。・・・なんで写真なんか持ち歩いてるのか非常に疑問だけど、返事が恐いから聞かないでおこう。そうしよう。

「・・・まじですか。」

「おう。」

相川由貴はワイングラスを手に取ってコクっと優雅に飲んで見せた。おいおい未成年。

にしても・・・そうか男なんだ・・・。

瞬間、オレ様男の顔がまたニヤリと変化した。

「安心した?」

「う゛っ・・・。」

・・・なんなのよなんなのさなんでなの。言い返せない自分。アホじゃん馬鹿じゃん。何か言いなさいよ自分!

「そっかそっかぁ。安心したか〜。いやぁ。俺って愛されてるなぁ。」

余裕綽々なその笑みが、私の苛立ちを倍増させます。

「ちがっ・・・ちが、ちが・・・・・ぅ・・・。」

口をパクパクさせてみたけど、思ったように言葉が出なくて。

「そうかそうか。」


「・・だからっ・・・!!」


相川由貴がにっこり笑った。





テーブル越しにその顔が近づいてきた。





私がそれを理解する前に




















唇が、重なった。




・・・。


・・・。


















「うぎゃぁぁっぁぁぁぁあああああああああ!!!」


















ちゃぶ台返し、決行。













私がそこから覚えているのは、満足そうなアイツと、青白くなった店員。そして逃げ惑った他のお客さんの顔だけ。


三ツ星レストランは、その日を境に星無しレストランになったらしい。





FIN



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