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□地味子さんと鬼ごっこ





「何よ、それ?」

私は自分の耳を・・・鼓膜と三半規管と前庭(分からない人は生物の教科書参照☆)を疑った。目の前のこの男は、何を言ってるんだろう。

「だから、理事長プロデュースの大鬼ごっこ大会だ。」

目の前のオレ様男、相川由貴も、さすがにこれには呆れている様子で、ふぅ、とため息をついていた。私だって負けじとため息を付く。

大鬼ごっこ大会。

この度、それが文化祭のメインイベントとなった。
理事長が発案したらしいけど・・・・・・おかしいだろ。
大の大人がなんで鬼ごっことか考えちゃうわけ?しかも、全員参加。最終日の午後の部に行われるらしい。ちなみに今日は文化祭初日。

「・・・息子の特権でどうにかならないの・・・?」

さすがに、この歳で、何百人の人達と皆で仲良く鬼ごっこする気にはなれない。おまけに、生徒だけでなく、教師や一般参加もあるそうだ・・・。ふざけるのも大概にしろ。お気楽理事長。理事長が趣味で学園理事をしているって噂は本当らしい。

「無理だな。俺が何か言ったところでどうなる人でもない。」

相川由貴がそう言うなんて、きっとよっぽどの人格破綻者なんだろうなー。私の父親じゃなくて良かった。っていうか、そんなことやらされるんだー。やだなー。腹痛とか言ってなんとか不参加じゃだめかなー。


「着きました。」

山根さんの声だ。私と相川由貴はあの初デートというやつから一緒に登校するようになった。・・・ベンツで。学校にベンツで行くのは歩くより早いし、正直楽だからいいんだけど、私を迎えに来てくれたときにベンツを家のまん前に止めるのはやめて欲しい。うちの両親にはなんとなく事情を話してあるからいいけれど、お隣のおばさんが五月蝿いのなんのって。


「まぁ!!楓子ちゃん出世?出世したの?それとも玉の輿?あらぁ〜いいわねぇ〜。ねぇ、楓子ちゃんのお相手に兄弟っているかしら?もしいたらこのお姉さんに紹介してよ。ね?・・・え?歳の差?いやぁねー。そんなのちっとも気にしないわよ!!」

と、いつも騒ぎ立てる。自分のことをお姉さんとか言っちゃってるあたり、何だか可哀想だと思った。

「おばさん結婚してるんじゃないの?」

って聞いたら。

「あらやだぁ〜。旦那のことなんて気にしなくていいのよー。」

・・・不倫志望?



山根さんがドアを開けてくれて、相川由貴に続いて、私も車を降りた。登校してきた生徒がジロジロとこちらを見る。これはもう慣れた。むしろ、こいつの彼女って事で面倒なことに巻き込まれることが少なくなった。皆、気を使ってるらしい。・・・ただし、どっかのケバイのとハデな女は遠慮とかそういう言葉は辞書に載っていないらしいけど。

「あ!兄さん!!」

・・・どっかで聞いたことのあるようなないような声だな。私は声の方を振り向いた。

あ。山根君だ。

そう思ったら、山根君がパタパタと小柄な体で一生懸命走り寄ってきた。・・・山根さんの元に。

「おはよう兄さん、お仕事?」

「ああ。おはよう。」

まてよ、いや、待ってください。今、山根君は何て言った?

・・・兄さん?

お父さんじゃなかったの?どう考えてもおかしい。明らかにお父さん世代の顔をしてるもん。一体どんな扱い方されたらこんなに老けるんだろう・・・。マジシャンもビックリね。でもどちらにしろ本当に身内だったんだ・・・。うわぁ。気の毒。不幸の代名詞、山根ブラザーズ。

「おい、山根。俺に挨拶せずに無視するとは良い度胸だな。」

すぐさま山根君の顔が青ざめた。

「ご、ごめんなさい。」

「す、すいません、弟が・・・。」

確かに、兄弟と言われれば似ているかもしれない。震え方なんかはそっくりだ。山根兄もだけど、山根弟の方なんか、いつもに、増して小さくなってる。小さすぎ。

「さて、どうしてやろうか。」

相川由貴がニヤリと笑ってジリジリと山根ブラザーズに近寄る。とても楽しそうだ。ああ、山根兄弟はつまりは相川由貴の格好の餌食となるわけね。アーメン。山根ブラザーズはもう蛇に睨まれた蛙、それか、猫に追いかけられるネズミ。いや、狼に食われる寸前の子羊!!これだ。

「・・・やめてあげたら?」

少し遠慮しつつも私はそう言った。瞬間、山根ブラザーズが私を神様みたく崇めるような目で見てきた。そんな目で見るのはやめて欲しい。私はそんな目で見てもらえるほど立派な人間じゃない。むしろ面倒なことは基本的に関わらない主義だし。ただ単に、あまりにも悲劇的な兄弟に、見てはいられなくなっただけだった。あんまり見られると、何て言うか、良心が痛む。

「なんで?」

少し不機嫌な態度で相川由貴がそう言う。

「いや、ほら。早く行って準備しなきゃね!ね?こんな事してる時間はないでしょ?」

私がそう言うと、相川由貴は例の如く理事長の大馬鹿息子の特権を利用して準備をサボろうとしていたみたいだけど、少し考えて渋々ながらも「分かった。」と承諾してくれた。

「ありがとう!!米沢さん!!」

「何て素晴らしい!!」

山根ブラザーズが私の手を握って感謝の言葉を次々に述べた。私は半分苦笑いで相手した。きつく握られた手が軽く痛い。

「・・・行くぞ楓子。」

なんだかさっきよりも不機嫌になった相川由貴がブラザーズの手をぺっぺと払って私の手を強引に握り、引っ張ってさっさと歩きだした。

「どうしたの急に?」

私は相川由貴の顔を覗きこんだ。

「別に。それより、準備するんだろ?」

「あ、うん。・・・。」

おててつないで一緒に登校とか・・・すっごい恥ずかしいんだけど。





***






「いらっしゃいませー。」

あ。女装の従兄弟くんだ。

「和一お前、ホントに女装似合うな。」

相川由貴がからかうようにそう言うと、従兄弟くんはぷくっと頬を膨らませた。でも、本当に似合う。くるくるパーマなカツラとか、ひらひらピンクのワンピースとか。さらにその上から着けた白いエプロンとか。・・・本当に男なのかすごく疑問。その白い肌と長いまつげにパッチリおめめはそこらの女の子より女らしい。マリリンモンローみたいに、ワンピースを風に揺らしながら両手で抑えてセクシーポーズとかやってくれないかな?きっと様になると思うんだけど。

「ははっ。そんなに見られると照れるなぁ。」

従兄弟くんにそう言われてハッと気がついた。いけないいけない。従兄弟くんに穴をあけてしまうところだった。

「す、すみません。」

私はちょっと恥ずかしく、赤くなって謝った。相川由貴は隣で何故かムスっとしてる。2人で出し物を見て回っている間は割と機嫌が良さそうだったのに。相川由貴が散々連れまわしてくれたお陰で、私はジロジロ見られっぱなしだった。私は動物園の珍獣か?周囲の人間がどれだけ私達を見ていてもこの男は気にするどころか嬉しそうに腰に手を回してきたし。もちろん断固拒否してやったけど。調子に乗ってキスしようとしてきたときも顔面パンチをプレゼントした。それでもその時はご機嫌だったんだけど・・・まあ、この男の不可解さは今に知ったことじゃない。

従兄弟くんのクラスは喫茶店だった。皆が皆、女装しているわけではなく、従兄弟くんだけのようだった。そこのところが疑問だ。

「君が楓子ちゃんだよねー。俺は相川和一だよ。よろしく。」

「米沢楓子です。」

ペコリとお辞儀をした。

「2人とも何にするー?」

メニューに目を通す。コーラ、ソーダ、クリームソーダ、生クリームそうだ、オレンジジュース、リンゴ95%ジュース、緑茶、縁茶、麦茶、ほうじ茶、抹茶、マイスティー、レモソティー、コーヒーなどなど。ところどころのツッコミは無しで。

「えっと、私はコーラで。」

「・・・同じの。」

相川由貴はなぜか半端なく不機嫌だった。ムスっとした顔のまま、ドカッとイスに座った。

「な、何を怒っていられやがりますのでしょうか。」

慣れない敬語を使ってみたけれど、まあ、失敗だなと自分でも思った。

「・・・別に。」

私の語学力にケチをつける訳でもなく、相川由貴はいつもと違って無口だった。無言は困る。いつものように英単語帳が傍にあれば気にせずそれに没頭しちゃったりとかすればいいんだけど、今の私はそんな素敵なアイテムは持ち合わせていない。コンタクトにも三つ編みじゃない髪にも慣れたけど、人と付き合うといったこと、特に相川由貴が相手であることには一向に慣れなかった。・・・慣れても困るけど。無言が続く。

「ダメだぞー由貴。そんな黙りこくってたら楓子ちゃんが可哀想だろ?」

和一君がコーラを持ってきてそう言ってくれて、私は心底ホッとした。

「あの、和一君はどうして1人だけ女装なんですか?」

私は和一君がこの席から去って相川由貴ともう一度2人っきりになるのは嫌だ。必死でここに留めようとした。

「え?俺?・・・それがさー聞いてよ!!」

以外にも相川由貴の従兄弟にしては和一君は分かり易い人間らしく、しかも良い人だった。女装も、クラスの女の子に「似合うから」という理由で無理やりやらされたものらしい。それでキッパリ断れないところが良い人加減を表してるなと思った。本当に相川由貴と多少でも同じ血が流れているのか疑問だ。和一君は予想以上に話しに食い付いてくれて私はホッとした。

チラリと隣を見ると相川由貴はさっきよりもさらに不機嫌な顔をしてる。むんむんと不機嫌オーラを撒き散らしているもんだから、周りのお客さんたちもそれを感じ取ったらしく、数人の人は身震いして辺りを見まわしていた。皆さん。その悪寒の原因はここに居ます。私はそう教えてあげたい衝動にかられた。実際にやったら何が起こるか分からないのでさすがにしないけど。

「それでね、楓子ちゃん。」

「オイ、帰るぞ。」

いきなり相川由貴が勢い良く立ちあがり、そう言った。

「はいぃ?」

私はマヌケな声を出して見せた。さすがにどうしていきなりそんなことを言い出すのか訳が分からなくて戸惑った。けれど、和一君の方はまるでこうなることを予想していたように冷静で、ニヤっと軽く笑っていた。私はさらに首をかしげた。たぶん95度くらいは傾げられたと思う。

「帰る。」

短くそう言い切って、相川由貴は私の腕を掴んだ。グイッと引っ張られて、私は抗議の目を向けたけど、相川由貴はそんなことは気にしない。ああそうさ。あいつは根っからの自己中心的俺様野郎だ。

「コーラ。まだ飲んでない。」

私はそう抗議したけど、オレ様な人物はまったく聞く耳持たず。お前の耳は飾りなのかと聞きたくなる。シュワシュワと炭酸の抜けていく音が聞こえるようだ。ああ、炭酸が抜けたらただの甘ったるい砂糖水だよ。どうしてくれよう。

いくら優秀な頭や見目の良い顔を持っていても、人を労わる気持ちを持っていなくちゃ意味がないと私は思うよ。
ああ、こうして取り残されたコーラたちは無残にも排水溝にそのまま捨てられるんだ。そしてドブを進み、・・・もしかしたら下水処理場に行き、川に出て、流れに流れて海まで逝くのね。可哀想に。例えただの液体でも、せめて本来の役目を全うして逝きたかったでしょうに。飲んであげられなくてゴメンネ?

「帰るんだったら2人に一つ忠告しておくね。」

ニコニコした調子で和一君が言った。

「明日の鬼ごっこ、きっと大変だよ?」

私も相川由貴も頭の上に?を浮かべた。そして、和一君は今度は相川由貴の耳元で私に聞こえないくらいの小さな声で何かを言っていた。

「・・・お前、あとでぶっ殺す!!」

完全にぶち切れたらしい。こめかみ付近には、血管が浮き出ていた。人間って本当にあんな風に血管が浮き出たりするのね。

「まあまあ。・・・楓子ちゃんも気をつけてね?楓子ちゃん、眼鏡と三つ編み止めてからかなり可愛くなったもんね〜。それを見付けたのが由貴ってのが悔しいなぁ。俺だったら良かったのに。」

あと5度、首の傾げ具合を足してみた。すると相川由貴が私をグイッと引っ張って、その腕の中にスッポリ包んだ。

「え・・・えぇぇぇえ!?」

私は思わず奇声を上げた。その教室にいるお客さん全員が振り向いた。奇声を上げたことを後悔した。全員が、私が相川由貴に抱きしめられていることに注目している。

「これは俺のだからな!」

そう言って、相川由貴はそのままの状態で教室を出た。私はその腕の中でカチンコチンに固まって、ついでにポスト並みに赤くなっていた。








****







「全校生徒対抗ー、大鬼ごっこ大会!!」

盛大な拍手が起こる。文化祭2日目。いよいよです。皆で仲良く鬼ごっこです。わーい。嬉しいな。

「みんな、準備はいいかぁー!!」

司会のお兄ちゃんは元気一杯です。マイク片手にはしゃいでます。その横には何故かTVカメラ。中庭のここ、特設ステージに立つその司会の後ろの巨大モニターにはTVカメラで撮影した映像がリアルタイムで映し出されている。今は司会の兄ちゃんのもみ上げあたりが映っている。もちろんアップで。

隣で、相川由貴が大きなため息をついた。いっつも何か騒動が起こるのはこの天下無敵のオレ様野郎が原因なのに、今回は振りまわす側じゃなくて、振りまわされる側なわけだ。

・・・いい気味。

「ではここでルールを説明します。」

うんうん。

「鬼に捕まえられないように逃げまくってください。以上。」

短っ!

「・・・あ、ちなみに、鬼を担当してくださるのは、皆さんご存知!!理事長の愛息子、相川由貴くんです!!!」

は?

隣を見た。人を1人殺せるような形相の男が立っている。どうやら本人には何も知らされていなかったようだ。相川由貴の名が呼ばれたと同時に盛大な拍手が巻き起こった。

「おい、どういうことだ?」

ひんやりと、かき氷以上に冷えた声色で相川由貴は特設ステージに上がり、司会の兄ちゃんの胸倉をガッシリ掴んだ。

ところがどっこい。

司会の兄ちゃんは動じることなく笑顔満面。プロ根性かしら?

「理事長命令です。」

相川由貴は何か言いたそうだったけど、それ以上何も言えないようだった。・・・この男をこれだけ黙らせることのできる理事長・・・会ってみたい(もちろん遠目から)。

「そしてさらにさらに!!?」

睨む相川由貴をまったく気にせず司会進行できるこのひょうきん兄ちゃんはちょっと尊敬に値すると思う。

「見事最後まで鬼から逃げ切った人には、『好きな人とチュ―。』の権利が与えられます!!」


「「「「「おおおおおおぉぉぉ〜〜!!!」」」」」


・・・く、くだらない・・・。

白けた様子の私と相川由貴に比べ、他の人たちはやる気満万だ。さっそくお目当ての子にチラチラと視線を送ってみたりしている。軽く頬染めちゃって。初々しいったらありゃしない。

「由貴くんのチュ―は私がもらうわ!!」

「もうっ!アイコちゃんたら冗談言わないでよー。由貴くんのチュ―はユミのものなんだよぉ〜。」

出た。ケバハデコンビ。

登場早々「ちゅーちゅー」うるさいよ。ネズミか?お前らは。

いつもの如く、取り巻き連中を大勢連れている。大多数が男だ。その大勢の取り巻き男たちが勝ったら、ハデ美ケバ子はちゃんとちゅーしてあげるのかしら?

「・・・昼寝でもするか。」

まったく鬼をする気のない相川由貴。大きなあくびを一つ。トトロ並みの大口で。メイちゃんが大喜びだね。

「おっと、そんなに余裕で良いんですか?」

司会が相川由貴に挑戦するような目つきでそう言った。

「・・・どういう意味だ?」

普段、喧嘩売られることがないので、相川由貴は司会の兄ちゃんの挑発にムッと顔をしかめた。

「あなたが全員捕まえないと誰かが誰かにチュ―する権利が与えられるんですよ?」

「それで?」

「最近、人気急上昇中なんですよね〜。三つ編みと眼鏡取っただけであんなに変身するなんて皆驚いてますよ?今回の隠れミスコンでも優勝候補だし。狙ってる人多いだろうなぁ。いいのかなぁ。さすがに普段は怖い彼氏が付いてるから誰も手を出さないけど、こういう機会なら・・・ねぇ?」

驚いたことに、この兄ちゃんの訳の分からないセリフによって、相川由貴の表情は一変した。なんというか・・・焦っているように思う。『焦る!相川由貴!!』って明日の新聞に載るかな?あ、カメラ持ってくれば良かった。こんな決定的瞬間を逃すなんて。私としたことが。

「・・・全員とっ捕まえてやる・・・。」

ふっふっふ、と、いつもの万倍の恐怖オーラを纏いながら相川由貴は笑った。一瞬、中庭全体が凍り付いたようにも思う。

「はーい。では開始します。制限時間は2時間。この間、捕まらなかったら優勝です!」

・・・2時間もこんなものに付き合わなきゃなんないの?

「皆さん、チュ―目指してがんばりましょー!!」


「「「「おおーーーー!!!」」」」


どんな学校だよ。

「では、鬼が3分数える間に逃げてください。」

カップラーメン・・・。

「よーい、スタート!!!」

一斉にその場に居た人たち全員が散り散りに駆け出した。ハデ美は三秒もしないうちに「もう走れなぁ〜い。」とか言って男達に担がせてる。・・・あいつはすぐに捕まるな。ケバ子の方は素晴らしいスピードで1人駆けていった。意外にもスポーツ少女?

さて、私は何処へ行こう?

別に優勝する気はないけど、相川由貴に負けるのはイヤ。

「楓子ちゃん。」

呼ばれて振り向いたら、和一くんがそこに立っていた。女装のままで。さっきっとは打って変わって和服美人になってた。

「お互いガンバローね―。・・・ところでさー。もし楓子ちゃんが優勝したら誰とチュ―するの?」

・・・あ。

「由貴?」

・・・ちっとも考えてなかったや。・・・拒否権あるのかな???

「あ、あの!!」

後ろから、貧弱な声が聞こえてきたので振り向いてみた。山根くんだった。どうやらさっきからずっとそこに立っていたみたい。声をかけられなかったら明日明後日になっても気づかなかったな。きっと。
山根兄もそうだけど、弟はさらに存在感が薄いと思う。だっていっつもその存在に気づくのは相川由貴がパシリに任命した時だけだもん。何と言うか、消え入りそう。っていうか既に消えてる?

「あの、がんばりましょうね!」

山根君にしてはたくましげなセリフだ。一言で言えば、似合わない。こんなこと言ったら泣いちゃいそうだから、あえて心にしまっておくけど。おまけに山根君の頬が軽く赤く染まっているのがちょっぴり気になった。
おたふく風邪かしら?

「おい!!お前らさっさと逃げるか楓子から離れろボケ!!」

相川由貴が司会者からマイクをぶん取って大声で叫んだ。山根君は「あわわわぁ・・・。」って言いながらポテポテ逃げて行った。和一君も「仕方ないなぁ。」って言いながらテクテク逃げて行った。

さて、静かな場所を探そう。







***







『お―――っと!!早い!早いです!!由貴選手、開始10分ですでに54名を捕まえております!!』

校内スピーカーから司会の兄ちゃんの声が響いてる。相川由貴について走り回ってるらしい。カメラマンもいてその人も付いて走ってるみたいだ。校内の至る所に設置されたテレビの画面にその様子が鮮明に映されている。・・・っていうか、カメラ重いだろうに。ご苦労様。

『しかし!!もうほとんどの生徒は校舎内に雲隠れ!ここからが本当の勝負だぁ―――!!』

わけの分からんテンション。テレビ画面には本物の鬼のような顔した相川由貴。

『ぜってー捕まえてやる・・・。』

マイクがばっちりと相川由貴の呟きを拾っていた。・・・なんだかマジになってって怖い恐いコワイ。

『おっと、由貴選手、次の獲物を発見したようです。ものすごいスピードで駆けて行きます!!ターゲットは・・・陸上部の期待の星、芦早志【あしはやし】くんだー!!すごい、この本気モードの由貴選手を見ても余裕の表情です!!むしろ挑発している模様!!』

命知らずがいるな・・・。

『早志くん、早い!早い!!さすが陸上部!!帰宅部の由貴選手には厳しい戦いか!!?・・・おっ?由貴選手、早志くんを追いかける途中で何かを拾った模様です。・・・それを?・・・振りかぶって・・・な、投げた―――!!』

マジか―――!!

『早志くんの後頭部にクリーンヒット!!野球部顔負けのナイスなコントロール!どこからか現れた新聞部が倒れた早志くんをしっかり写真に収めています!!』

部活ネタが多いな。どうでもいいけど新聞部は鬼ごっこしなくていいの?

『さらにさらにカメラさん、ここをアップで映してください!!皆さん!見ていますか!?驚くべきことに早志くんに当てられたのはジュースの缶(スチール)です!!なんと中に小石がザックザク詰めこまれていました!!いつの間に!!??』

恐るべし、マジシャン由貴・・・みたいな?

『可哀想に早志くん!!あれだけ余裕をかましていたのにも関わらず速攻で捕獲されましたぁ―――!!さぁ、次のターゲットは誰だ!?』

テレビ画面を見ると、再び相川由貴は次なる獲物を捜し求めて走り出したようだった。カメラマンさんも必死に走っているせいか、画面が揺れている。震度6.5くらいで。

『これは!?・・・次のターゲットはユミ選手です!!数名の男子生徒に担がれながら逃げております!!なんて卑怯な!自分の足を使わないなんて。いったい何様のつもりなんでしょうかユミ選手!!』

ほんとにね。

『やだぁ。由貴くんもう来ちゃったの〜?』

ハデ美のぶりっ子声がスピーカーから聞こえてきた。鳥肌モノだよ。いろんな意味で。

『ユミ。大人しく捕まれ。』

『だめぇ。今回はいくら由貴くんの頼みでもだめぇー。私優勝するんだもん。』

『おーっと、由貴選手の頼みを聞かないユミ選手。未だかつてこのようなことがあったでしょうか!?いや、ありません!!由貴選手に逆らうとは、ユミ選手はよほど由貴選手のチュ―が欲しいものと見えます!!果たして由貴選手、どう出るかぁー!?』

テレビ画面には由貴を妨害するように取り巻き連中に命令するハデ美の姿。ハデ美の指示通りに動く忠実な男子生徒数名の将来を案じたのは私だけじゃないと思います。

『由貴選手!手刀で向かい来る男子生徒の後ろ首を一撃!次々に倒して行きます!―――13人目!これで取り巻き全員制覇!!13人抜きとは素晴らしい!!』

『やだぁ〜!!』

『ユミ選手、割とあっけなく逮捕です。』

やっぱりな。

『おっと、由貴選手はさらに向こうにアイコ選手を発見した模様!!アイコ選手、こちらに気づいて猛スピードで逃げて行きます。』

『絶対捕まらないんだから―!!!』

『由貴選手、余裕の笑みで追いかけて行きます。芦早志くんを捕まえた由貴選手ならきっとアイコ選手もすぐに捕まえることでしょう。』

馬鹿らしくなって、テレビから目を外した。

今居るのは理科室。ガイコツくんと人体模型くんと私以外誰も居ない。まあ、薄暗いし、異様な雰囲気漂ってる場所だからしばらく誰も来ないと思う。

ああ。なんだか久々の平穏。ここしばらく学校の日も休日も相川由貴から解放されず廃れた毎日を過ごしてきたからなぁ。目の前のガイコツくんさえ癒し系グッツに見えてきた。理科室の香りがアロマに思える。どうせならこのまま人体模型くんを抱き枕にお昼ねと行こうかしら。


ガラッ。


「あ、和一くん。」

うとうとしていた私の元に女装から男装・・・もとい、本来在るべき姿に戻った和一君がやって来た。しゃがみ込んでいる私の隣に座った。

「どーも。」

「和一君のまともな姿初めて見た。」

「ははは。そうかもねー。」

男の制服を着ている分には本当に男の子に見える。キレイなのは変わらないけど。

「・・・由貴は・・・まだ来ないよな。・・・ねえ。楓子ちゃん。由貴のこと好きなの?」

「は?」

何を言い出すの。

「いやぁ。あいつに無理やり彼女にさせられてるんじゃないかと思ってさ。」

・・・まあ、ほぼその通りなんだけど・・・。

「う〜ん。由貴はいつも唯我独尊だからなー。」


突然。和一君がクルリとこっちを見つめてきて、その表情が一変した。


「楓子ちゃん・・・。」

ん?

和一くんの顔が段々近づいてくる。主に唇あたりが。

は?

へ?


ちょ、ちょっと待て!!

これはまさか―――。



「ストップ!!」

私は両手で和一君の顔を思いっきり押し返した。急な展開についていかない私の脳みそ。

「なん・・・なんですか!?」

「はっはっは。ガードが固いなぁ。」

そう言って笑う和一くん。押し返されたせいで首を捻ったらしく、軽く首を傾けてさすってる。

・・・相川由貴と同類じゃん。っていうか、さらに性質悪っ!!

「良い人だと思ってたのに!!」

ショックのあまりそう声に出すと、和一君はさらに笑った。

「ごめんごめん。あんたに手出したら由貴がどんな反応するかなーと思ってな。」

なんじゃそりゃ。って言うか、いきなりあんた呼ばわりかい。口調も微妙に変わってるし。

「てめぇ・・・殺す。」

いきなり聞きなれた、それでいて殺意のこもりまくった声が聞こえたから、私はとっさに顔を上げた。

「あ・・・。」

「おぉ。ユッキー。」

和一君が笑って相川由貴に手を振った。相川由貴はよっぽど急いで来たらしく、ゼーハ―言ってる。目はすわってる。私は怯えてる。っていうか、アイコはどうしたんだろ。逃げたの?捕まったの?捕まった方に10ユーロ。日本円で・・・いくらだろ?

「お前・・楓子に、手は・・・出すなって・・言った・・だろうが!!!」

息も絶え絶え、相川由貴はがんばっております。

「だって、たまには由貴の焦った顔、見たいでしょ?」

和一君はいきなり可愛らしく振舞ってみせた。

「かわい子ぶってんじゃねーよ!!」

ブォカッッ!!

理科室中に鈍い音が響いた。

和一君がそれは痛そうに自分の左頬を手で覆っていた。

「・・・ここまでしてくれるなんて、計算外だな。」

和一君はクスクスと笑ってる。そっちの気があるのかしら??・・・って、まあそれはないと思うけど。

「今すぐ失せろ。お前との話しは後だ。」

本気で怒ってるなぁと思った。口調が南極並み。

「はいはい。じゃ、楓子ちゃんバイバイ。」

終始笑顔を絶やさずに和一君はそれは大人しく理科室を出て行った。

和一くんが完全に見えなくなるのを見届けると、相川由貴は私の方へクルリと向き直った。・・・その目が完全にイッチャッテル。和一君、お願いカムバック。私とこの人を2人きりになんてしないで。さっきのことは許すから。

「楓子。」

その声に体が強張る。

「・・・なんでしょう?」

恐る恐る、目を合わせた。

「・・・和一に何された?」

「・・・なにも。」

「・・・何された?」

「キスされそうになったけど、セーフです。」

どうでもいいけど、なんで敬語でしゃっべるんだろう、私。

「ホントか?」

「嘘ついてどうするのよ。」

「・・・それもそうだな。」



グイッ、って引っ張られたんだと思う。

一瞬。

そう。一瞬。
座っていたはずの私の体は上へと引っ張られた。

重力がおかしくなったんだ、地球ももう終わりだな・・・とか考えてみたけど、どうもおかしい。

だって私の視界にはこれ以上ないってくらいに、相川由貴のドアップ。

ついでに、唇に妙な感触。マシュマロ?絹ごし豆腐?いや、紙粘土でファイナルアンサー!!

相川由貴のまつげが思っていたのよりもかなり長いとか、肌のきめが細かくて女としては悔しいかもなぁとか、そんなことを一通り考え終えた後でようやく今の状況がわかってきた。



オイ待て。

私はまだ鬼ごっこ大会で優勝してないし、例え優勝しても優勝特典は辞退しようと思ってたんだけど。

なんで、今、私、相川由貴と



チュ―してるの?




頭はクルクルぐるぐるグリングりん回る。暴走し始めたコーヒーカップのようです。メリーゴーランドの方が大規模かな?

とりあえず、右手を思いっきり振りかざして、目の前の人物の左頬を思いっきり叩いた。
グーじゃなくてパーだっただけありがたいと思って欲しい。むしろチョキでいこうかという案もあったけど、ぶっつけ本番はいけないだろうと思い、断念。

「痛い。」

「なにすんのバカ!!」

「キス。」

「勝手にしないでよ!!」

「いいじゃん。お前は俺の彼女だろ?」

そう言って、相川由貴は再び私の頬に手を伸ばした。さっきと同じように唇が重なる。
なんだか抵抗する気も失せたからそのままにしてたんだけど・・・。



隣から、ジーーっていう機械音が聞こえてきた。


おや?と思った。


クルッとその音の方を向いてみた。

・・・。



・・・ああ、確かさっきの司会の兄ちゃんとカメラマンと音声さんは相川由貴について回ってたわよね。

その上、相川由貴の行動をリアルタイムで全校放送してた気がする。

で?学校内のテレビ画面には常に相川由貴の様子が映っている・・・と。そういうことよね?

で?今私の目の前でこっちに向けられてるのってテレビカメラってやつだよね?

その隣に司会の兄ちゃんがニコニコしながら立ってるし。音声さんもさりげなく居るし。




・・・全校放送。




・・・チュ―とかしっちゃったじゃん・・・。




ふふふ。



ははは。



あーあ・・・。





私は、人生で初めて気絶というものを体験した。














***









「結果ハッピョ―!!」



「「「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉっぉぉぉぉっぉ!!!」」」」」



中庭の特設ステージ。地響きが起こる。


「なんと、相川由貴選手から逃げ切った、ラッキーな人が1人だけいます!!」

司会のお兄ちゃんは今日しゃべりっぱなしだったにも関わらず、舌の回り具合は絶好調。

私は意識の戻った直後で、ややふらふらしながら特設ステージの上に立つ、相川由貴から逃げ切ったというミラクルな人を見上げた。


「優勝は・・・山根くんだぁーーーーー!!!!」

・・・うっそーん。

私は右隣にいる相川由貴を見た。まさか、この男が山根君ごときを捕まえられない訳がない。私の視線とその意味に気づいた相川由貴は、特に動じることなくこう言い放った。

「アイツの存在、忘れてたんだよな。」

・・・納得。

「かわいそうじゃん。そんなこと言ったら。いくら山根相手でもさー。」

いつのまにか私の左隣に和一君。さっきのことへの反省の色はない。っていうか、さり気に一番失礼なのはあんただよ、和一くん。

「ではでは、山根君。優勝特典のチュ―の相手は誰にしますか!?」

司会のお兄ちゃんのその言葉に相川由貴の顔が青ざめた。

「しまった・・・!!」

山根くんはモジモジしている。

「あ〜あ。俺知らないよ。」

和一くんはニヤニヤしている。

山根くんはウジウジしている。

「アイツ、楓子に手出ししたらぶっ殺してやる・・・。」

相川由貴はメラメライライラしている。

山根くんはドキドキしている・・・ように見える。

そしていよいよ山根くんが口を開いた―――。

「・・・喫茶店にいたくるくるパーマなカツラ&ひらひらピンクのワンピース&白いエプロンのマリリンモンローの似合う女の子です!!」


ん?


あれ?

右隣の相川由貴を見た。・・・唖然としている。

左隣の和一くんを見た。・・・青ざめてる。


・・・マリリンモンローの似合う女の子・・・って和一君だよね?


「お、俺・・・逃げるわ。」

そう言い残して和一君は一目散にステージと逆方向に逃げて行った。

相川由貴は・・・笑い出した。

「うっわー。最高。山根もたまには役に立つなぁー。確かにあの時の和一は女にしか見えなかったけどさー。俺、てっきり山根は楓子を指名するかと思ってたのに。」

「それはないでしょ。」

「なんでだ?」

「・・・山根くんが『相川由貴の彼女』なんかに手を出す度胸、持ってると思う?」

「・・・なるほど。」

可愛そうに。山根くん。和一君のこと、本当に女の子だと思ってるのね。

真実を告げられてショックを受けるのと、知らぬまま男とキスしちゃうのとどっちが幸せかしら。

何にしても、山根くんはキング・オブ・アンラッキーだよね。


なんだか自分の不幸が可愛いものに思えてきた。












他人の不幸は蜜の味。



案外、本当にそうかも。







FIN



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