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□由貴くんとお父さん




ちゃら〜ちゃららっちゃら♪



「あ、ごめん。」

楓子が慌ててケータイをカバンから取り出した。今は2人で映画を見に行った後で、喫茶店で少し話しているところだった。楓子の着メロが○ッキーのテーマであることはなるべく気づかない振りをしていたい。どうやらメールのようだ。ちなみに電話の場合の着メロはルパ○V世のテーマだったと思う。メールの内容を確認すると楓子が眉間にシワを寄せた。つまようじくらいなら挟めるんじゃないだろうか。

アイツからのメールか・・・。

楓子の表情ですぐに誰からのメールか分かる。そして次に楓子が言い出すセリフもだ。


「「ごめん、もう帰らなきゃ。」」


声がハモったところで、俺は軽くため息を付いた。楓子が少し畏縮している。俺は立ちあがった。

「分かった。送る。」

さっさとレジで清算を済まそうとすると、楓子が小走りでついてくる。

「私払うよ!」

「いい。」

俺はそういうとさっさと金を払い終え、店の外に出た。気まずそうに楓子が俺の顔をうかがってくる。俺の機嫌がたいそう悪くなっているのを察しているんだろう。

「・・・ごめん。」

「別に。」

そう、別に謝って欲しいわけじゃない。素直な楓子は珍しくて新鮮だけど、いつもの曲者楓子で十分だ。その方がスパイシーだ。
楓子が悪いわけではない。そう、悪いのはアイツだ。


楓子の父親だ。


「怒ってる?」

恐る恐る楓子が聞いてくる。ああ、怒っている。楓子の父親に。





一週間ほど前、楓子が突然ケータイを持ち始めた。今まで俺が持たせようとしても断固として拒否していた楓子がいきなり、だ。聞けば父親に持たされたのだと言っていた。付き合い始めてそれなりの日数が経ったが、分かったことがある。楓子は父親には逆らわない。ケータイを持ち始めたことでそれがはっきり分かった。

帰って来いと言わればすぐに帰る。

連絡しろと言われれば速攻で電話をする。

この一週間毎日これだ。


そう、楓子の父親は毎日毎日ことごとく俺の邪魔をする。


まだ日も暮れていないのに「危ないから帰ってきなさい。」とか「今日は冷えるから早めに帰ってきなさい。」とか「台風が来る気がするので帰ってきなさい。」とか「明日早いのだから帰ってきなさい。」とか「帰ってきて欲しいから帰ってきなさい。」とかいうメールをバンバン送ってくる。つまりは帰って来い、と。
おかげで、俺と楓子の時間は今までの半分以下に減らされてしまった。

冗談じゃない。

もう一度言うが、俺と楓子は付き合い始めてそれなりの日数が経っている。けど、付き合うまではお互いのことをほとんど知らなかった。最近ようやく俺に対して警戒心を抱いていた楓子もそれなりに対応してくれるようになったんだ。

これからっていうこの時期にどっかの親バカ野郎に大切な時間を邪魔されてたまるか。


楓子が地味ではなくなったころから、俺は楓子に近寄る虫けらどもを退治しまくってきた。
近づく者には睨みを利かせ、触れようものならその手を切り落としてきた。とは言っても、さすがに俺の学校の生徒で俺の女に手をだそうとする奴はなかなかいなかった。けど、たまにどうしようもないバカがいる。しかもそういう奴にかぎって「てめぇ、自分の顔を鏡で見たことあるんか?オラ。」っていう奴ばかりだ。

そういう奴は、色々な手段で突き落とす。・・・俺の手は汚すまでもない。そいつの個人情報を徹底的に洗い、親の勤める会社に圧力をかける、そいつの就職や進学先を手当たり次第ぶっ潰す。これだけやればどれだけ馬鹿でも大抵の奴らは泣きながら謝ってもう二度と楓子には近づかない。実証済みだ。

だが、それでも分からないスーパーバカは袋に詰めて燃えるごみあるいは、リサイクルに出す。・・・実際、リサイクルして使えるのかどうかが微妙な所だ。これはまだ実験中だ。

もちろん、他校の奴らに釘を打つことも忘れない。



そもそも、俺が特定の女と付き合うことなど今までを考えればありえないことだった。ましてや米沢楓子という女は俺にとってただ「同じクラスに眼鏡と三つ編みの絵に描いたような地味がいた気がする」っていう程度の存在だった。現代にまだこんな地味が生息していたのかと感心したことはあったが、それ以上にはどう思うことも無かった。



そう、アレはかなりの衝撃だった。


地味で大人しいはずの女が「国語辞典は痛いんじゃ―!!!!」と叫びながら俺のおでこにその角に当たると特に痛い国語辞典を命中させた時の感覚はきっと二度とは味わえないほどのものだった。
そして分かった。「この女は猫を被っている」と。

今現在、俺と付き合っている時でさえ本来の顔を見せようとしない。いや、国語辞典事件の時点でもう本性なんてばればれなんだが、本人は気づかれていないとちゃっかり思いこんでスッポリ隠している。だが時々、ボロが出ている時がある。


例えばこの前、PTAの役員がぞろぞろと歩いていたのを見かけたとき、

「・・・うわぁ。ハイカラなおばちゃん集団。目の毒。」

と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

学校一年配の白髪教師に向かって

「・・・干乾びてる。」

とコメントしたのも聞いた。

ユミのことをじっと見ていたかと思うと

「・・・あの髪をストレートにしたらどれだけ長いんだろう。」

って真剣に考え込んでたり、

アイコに対して

「1日の化粧品の使用量計ってみたい・・・。」

と切望していたのも知ってる。

着眼点が違う。ひどく現実的だ。

クラスの連中のことを

「そろそろアイコ宗教ユミ宗教解散しないのかな。」

とか

「・・・アホって自覚はないのか。」

とシビアに見ていることも知っている。まあ、その点には俺も同意見だが。


本人はまったく口に出していないつもりらしい。いつになったら自分の本性をさらけ出してくれるようになるか、少し楽しみだったりする。



今もまた、俺の隣で何やら思いに耽っている。ブツブツと口に出しているのに、本人は全く気づいていないが。

「・・・色仕掛けじゃ機嫌直らないかな・・・。」

オイオイ。

まあ、別に、色仕掛けを仕掛けてきても、俺は嬉しいけど。他の奴にはくれぐれも使わないで欲しい。
っていうか、楓子にもそういう発想があったのが驚きだ。






「なあ、楓子。」

「ん?」

「お前の家、上がってもいいか?」

楓子には予想外の要求だったらしく、果てしなく嫌そうな顔をして、けれど断れなくてどうしようって顔でこっちを見てる。もちろん、断らせない。せっかくだから楓子の父親も見ておきたいし。敵は把握しておくべきだろう。

「えっとー。今日はあんまり掃除してないから・・・。」

「別に構わないぜ?」

「・・・庶民の家だよ?」

「大歓迎。」

「何にももてなせないし。」

「お気遣いなく。」

「お父さんいるし・・・。」

「知ってる。」

「実は私の家、幽霊が・・・。」

「楽しそうだな。」

「隣のおばちゃんの鼻歌が聞こえるよ?」

「音楽は嫌いじゃない。」

「・・・最近、蜘蛛が大量発生で・・・。」

「俺が退治しようか?」

「床がすぐに抜けて・・・。」

「スリルあっていいな。」

「な、何百年も先祖代々、家族以外を家に上げちゃダメって決まりが!!」

「・・・お前の家、築5年だろ?」

「っそれは・・・・・・って、何で知ってるの!?」

「フ。・・・少しぐらいいいだろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」

ようやく、観念したらしい。こういうところは妙に強情なんだ。





***






「ただいま・・・。」

「お邪魔します。」

「お帰り。・・・それから、いらっしゃい。」

玄関に入ってすぐ。楓子の家の感想を述べるどころか考える間もないくらいすぐ。その男は俺の目の前に現れてにっこりと笑みを見せた。俺もしっかりと微笑み返す。最初が、肝心だ。

「た、ただいまお父さん・・・。」

楓子はものすごーく心配そうな顔で俺と自分の父親を見比べている。

「初めまして。楓子さんとお付き合いさせていただいている、相川由貴です。よろしくお願いします。」

そのときの俺は完璧だっただろう。

「はっはっは。そうか、君が楓子の彼氏だね?」

「はい。そうですよ。」

「はっはっは。」

「はっはっは。」

「ふっふっふ。」

「ふっふっふ。」

「はーっはっは。」

「はっはーっは。」

「・・・2人とも、ともかくリビングへ・・・ね?ね?」







楓子の提案で、とりあえず俺達はリビングのソファーに落ち付いた。
楓子は一度着替えてくると言って自分の部屋に行った。今ここには楓子の父と俺だけだ。

「・・・楓子はね。今の時代めずらしいくらいに良く出来た子なんだよ。」

いきなり、向こうからそう切り出してきた。・・・まあ確かに、ちょっと前までは今の時代には珍しいハイパー地味女だったな。うん。

「そうですね。」

俺は悪魔でも冷静に、そして笑顔で対応した。

「だろ?だからね、僕は僕が認めた男にしか楓子を任せられないんだよ。いいかげんな奴の傍には楓子は1秒たりとも居させたくない。」

段々、方向が読めてきたぞ。

「君の学校での生活振りを調べさせてもらった。」

どうやってだよ?

「どうやってかって?僕の職業は教師でね。色々とその手のコネがあるんだよ。」

俺の心を読みやがった・・・。

「君の生活態度は実に目に余るものがある。授業妨害・授業放棄・暴力事件・女性関係などなど。」

・・・ん?

「すみませんが・・・。」

「なんだい?」

「女性関係っていうのはどうやって調べたんですか?学校関係のこととはあまり繋がりがないと思うんですが。」

「フ。」

・・・答えろよ。

「ともかく。結論から言おう!君に楓子と付き合う資格は無い!!」

そう言われてもねぇ。

「楓子だって君のガラの悪さに怯えて泣く泣く付き合っているに違いない!!」

まあ、始めは不躾だったかもしれないけど?

「きっと本当は心底嫌がっているに違いない!!」

・・・。

「君の隣に居るのは1秒だって耐えられないに違いない!!」

・・・。

「君のことを嫌いだと思っているに違いない!!」

・・・。


プルルルルルルルルル。


突然、家の電話が鳴った。

「失礼。」

そう言って楓子の父は電話のある廊下へ出て行った。しばらくすると、別のドアから楓子がやって来た。

「あれ?お父さんは?」

「・・・電話。」

楓子は納得したように、俺の座っているソファーと向かい合わせになっている反対のソファーに座った。

「横には座ってくれないんだな。」

「え?」

「・・・いや、別に・・・。」

何をあの男の言ったことを気にしてるんだろう、俺。なかなか人の精神を直に攻撃してきやがる。あの男、侮れない。

「楓子。こっち座れ。」

俺は楓子を俺の隣に座るように促した。案の定、楓子はものすごく嫌そうな、そして怯えた顔をしている。けれど、一応、恐る恐るといった感じで俺の隣に座った。

・・・試してやろうじゃないか。

俺はスッと、楓子の腰に腕を回した。もちろん、楓子は驚いている。その顔が面白くて、今度はそのままグッと引き寄せてやった。

楓子の心臓がドクドク言っているのが分かった。俺の心臓の音も楓子に聞こえているんだろうか。
1秒以上経ったな。別にさほど嫌がる様子は無い。

まだあの男は戻ってこない。

俺は楓子の頬に手を添えた。楓子の体が軽く強張っている。

そのまま顔を近づける。




キスは、もう抵抗してこない。




ゆっくりと、唇を離した。


最初の頃は、キス一つしようものなら大暴れされたけど、今はキスしてしまえば即座に大人しくなる。照れているらしい。
今も軽く俯きながら頬を染めている。何と言うか・・・アレだ。うん。


「なあ、楓子。」

楓子が顔を上げた。

「お前、俺のこと嫌いか?」

楓子は呆気に取られた顔をしていた。そして次にうぅ〜んと真剣に唸り始めた。

「・・・嫌いではない・・・と思う。」

「じゃあ、俺のこと好きか?」

今度は驚愕している。ついでに顔は真っ赤だ。

「で?え?は?へ?ふぁ??」

あたふたしている。

「どうなんだ?」

「どぉ?でぇ?だぁ!?」

てんやわんやしている。

「し、知らないわよ!!っていうか、そんな好きでもない人とキスとかするわけ・・・・・・ゴニョゴニョ・・・。」

真っ赤な顔から、プシューっと湯気が立った。

その答えで十分だ。

ザーマーミロ。楓子の父め。

俺は嫌われてなんかいないじゃないか。

むしろこれは良い反応なんじゃないか?


ガチャっとドアの開く音がした。

「すまないね。少し電話が長引いてしまって。」

楓子の父登場。楓子はパッと俺から体を離した。


チッ。


せっかくいいところだったのに。なんてタイミングの悪い・・・。

「あ、私、お茶を入れる。うん。」

まだ軽く赤い顔のまま、楓子は立ち上がった。動揺しているのがバレバレだ。楓子父もそれを見逃してはくれないらしく怪訝な顔をしている。

楓子はそそくさとその場を離れた。

「コホン。さて。さっきの続きだが・・・というわけで楓子と別れなさい。」

どういう訳だよ。
とりあえず、俺は何を言われようが楓子と別れる気はないが・・・。

さて、どうするか。

今まで楓子に近づく色んな男を削除してきたが、こんなところに本当の敵が居たとは・・・思いも寄らなかった。
この男が楓子の父親でさえなければありとあらゆる手段でその口を封印しているところだ。それができないのが口惜しい。

いっそのこととことん敵対してやろうか?・・・いや、待てよ。この男が最大の敵だってことは、この男をクリアしてしまえば他は問題無いってことじゃないか?


ニヤリ。


なら話は簡単だ。

この男を味方に付ければいい。

楓子に対して絶対的な発言権を持つこの男だ。かなりの戦力になる。





さあ、腕の見せ所だな。










ちなみに、楓子の家は幽霊は出ない、蜘蛛もでない、床も抜けないし、やっぱり築5年だった。



ただ、隣のおばちゃんの鼻歌だけは事実だった。










FIN




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